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2019. 10. 25
「美術の窓」田邊会長の連載 第25回
「美術の窓」vol.433 2019年11月号 P82〜P83

矛と盾

連載 第25回 火の奥に
 
 厚塗りのコクのあるマチエールで、幾重にも重なる牡丹の花弁を表現している。枝分かれして横に広がっていく牡丹のイメージを、キャンバスを覆い尽くようなダイナミックな構成でみせている。
 牡丹は大きくふくよかな花を咲かせて気品と風格があり、古くから詩歌に詠み込まれてきた。画家の描いたこの激しい真紅の画面は、燃え上がる炎も想起させて、加藤楸邨の、「火の奥に牡丹崩るるさまを見つ」が心に浮かぶ。この句は昭和二十年五月の東京空襲の自宅の罹災をうけて詠まれたものである。牡丹の花の終わりは「崩れる」と形容されるように、花びらがはらりはらりと一気に落ちる。業火に焼かれる牡丹の花びらに、「一瞬にして奪われる人の儚き命のイメージが重なる。丹念に絵具を塗り込めて描き上げた画面からは、そのかけがえのない命を尊び、失われた数多くの命への鎮魂の想いが滲むようである。