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2020. 02. 24
「美術の窓」田邊会長の連載 第29回
「美術の窓」vol.438 2020年3月号 P94〜P95

矛と盾

連載 第29回 武士椿(もののふつばき)
 
 濃厚な赤褐色の画面にぼんやりと滲む、散り散りになった花びらのシルエット。ちらちら見える雄しべの黄色がアクセントになっている。椿の花の終わりは「落ちる」と表されるように、萼と雄しべだけを木に残し、丸ごと散るのが一般的だが、ここで描かれた椿の花は、奈良・伝香寺の椿を想起させる。群れのように茂る深緑の葉のなかに顔を覗かせるようにその花を咲かせ、最期には苔むす地面にはらりはらりと花弁を散らす。散り椿、別名武士椿と称されるこの椿は、天正十三年に筒井順慶(※1)の菩提を弔うために建立された本堂の前に、母である芳秀尼が供えたのが始まりだ。東大寺開山堂の糊こぼし、白毫寺の五色椿と並び大和三名椿の一つとして知られ、三月下旬に見頃を迎える。花弁を形作る、厚く塗り込めたような力強い筆致は、若い盛りに散ったその命を偲ぶ母の想いの強さを表象するようだ。

※1 安土桃山時代の武将。1549年〜84年。大和筒井城主。本能寺の変では明智光秀に誘われたが居城を動かず、山崎の戦いの後に羽柴秀吉に参じた。後世、洞ヶ峠に陣を置き、形勢を窺って日和見を決め込んだという俗説(洞ヶ峠の故事)が広まった。唯識論に通じ、謡曲や茶の湯にも優れていたことでも知られる。