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スポーツチャンバラ、略してスポチャン。 名前の通り、チャンバラごっこそのままの競技だ。チューブに空気を入れた「エアーソフト剣」で対戦する。相手の体のどこでもいい、一発当てれば勝ちだ。当たっても痛くないので、遠慮なく振り回すことができる。 |
体格より反射神経渾身の力を込めた一本がスパーンと入ったときは実に爽快。腕力や体格より敏捷性や反射神経がものをいう。小さな子供が大男に勝つことも珍しくない。誰もが平等に楽しめるのだ。 スポチャンは1971年に私が創始した。毎年開く世界大会には千人以上の選手が集う。昨年から国体のデモ競技にも採用されるなど、すっかりポピュラーなスポーツになったスポチャンの30年に及ぶ歩みを振り返ってみよう。 私は小さいころから武道が好きで剣道や柔道や相撲に親しんだ。60年代末、二十歳過ぎの私は、会社のビルのワンフロアを借り切り、剣道などの道場を開いた。 道場は繁盛した。私は入門者の自発性を尊重し、楽しんで剣道に励んでもらおうと心掛けた。だが、中には全く剣道に興味を示さない子もいて、いつも道場の隅でつまらなさそうな顔をしていた。話を聞くと「もう嫌だ。お面が重い。竹刀が痛い」と言う。「当たり前だろ」と言いたくなったが、「一理ある」とも思った。 私自身、剣道はとても好きだったか、少しばかり窮屈さも感じていた。面、胴、突きなど決まった型以外の動きは厳しく禁じられ、防具を付けると動きにくい。子供のころ神社の境内で夢中になったチャンバラのようにもっと自由に竹刀を振り回せたら、そう思うことは何度もあった。 剣の種類で8部門 道場で聞くと、同じように考える子供たちは何人もいた。私は彼らを集め、週に一回「チャンバラ」を開講することにした。さすがに竹刀では危ないのでスポンジ製の剣を考案し、道場で「何をしてもいいぞ」と告げた。剣道を嫌がってた子もそうでない子も、夢中で剣を振り回す姿は実に楽しそうだった。 驚いたことに、子供に交じって大人たちもチャンバラに通いだした。剣道を休んでもチャンバラには欠かさず顔を出す人もいた。すぐに愛好者は各地に広がり、5年ほどで全国大会を開くまでになった。 愛好者が増えたことでルールの整備が必要になり、名称も「スポーツチャンバラ」に決めた。顔面は透明なプラスチック製の防具を付け、剣の種類も「長剣」や「短刀」「二刀」「槍」「棒」などを考えた。他に「杖」や「ヌンチャク」などもあったが人気が無く自然消滅した。現在、競技は剣の種類で8部門ある。 安全のため、剣の規格は厳しく定めているが、競技に「型」は無い。空手や柔道の胴着を着る人もいるが、服装は自由だ。決まった剣の振り方や動きも無い。試合はどう戦ってもいい。走ってもジャンプしてもいい。剣を投げてもいいし、転がる人や寝そべって戦う人もいる。大会ともなると、実に様々な戦法が見られ、さながら他流試合のオンパレードだ。 外国人選手も多く、出身地域によって戦い方に個性が出るのは面白い。例えば槍の場合、日本人はたいてい脇に抱えるように両手で構えるが、欧州の人たちはもりで魚を突くように片手で肩の上に構えることが多い。中東の選手たちは長いリーチを生かし、相手の脚を打つのが巧い。 身長の低さも武器 勝つために重要なのは自分の個性を生かすことだ。何年か前の世界大会で、朝たまたま会場の前を通りかかった青年が飛び入りで参加した。スポチャン初体験の彼はアロハシャツにショートパンツという出で立ちで、あれよあれよという間に勝ち上がった。夕方には部門別の世界チャンピオンになっていた。話を聞くとバトミントンの選手とのこと。確かに、素早いフットワークや手首のスナップを生かした剣の振りが見事だった。 昨年の世界大会では中学生以下の部門で中学一年の女の子が優勝。大人を含む全体でも準優勝を勝ち取った。両親、妹もスポチャン好きというスポチャン一家に育った。頭が地面すれすれになるくらいの低い姿勢で相手の膝を打つ。身長の低さを生かした攻撃で、次々と一本勝ちを収めた。 今夏に開く世界大会は30回目の節目だ。すでに各地で予選が始まっており、私の道場でも選手たちが日々、猛練習に励んでいる。今年はどんな”猛者”が集うか、今から楽しみだ。田邊 哲人 |