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2019. 05. 27
「美術の窓」田邊会長の連載 第20回
「美術の窓」vol.429 2019年6月号 P64〜P65

矛と盾

連載 第20回 是非に及ばず
 
 赤黒く、血腥い(ちなまぐさい)闇の中にぬらりと浮かび上がる、歪んだ人形(ひとがた)のフォルム。それを取り囲む炎の如く、生気のようなものが空間に立ち籠める。凶器が鋭く左胸に突き刺さり、目に鮮やかな血の色がじんわりと滲む。言わずと知れた「本能寺の変」。家臣であった明智光秀の謀反に遭い、急襲された織田信長は自害したと伝えられる。
 幸若舞(こうわかまい)の『敦盛』の一節である「人間五十年、化天のうちを比ぶれば、夢幻の如くなり。一度生を享け、滅せぬもののあるべきか。これを菩薩の種と思ひ定めざらんは、口惜しかりき次第ぞ」の詞章を信長は特に好んで演じたとされる。人の世の儚さ、盛者必衰の理を知り、臨終の時を受け入れる。謀反に気付いた信長が遺した「是非に及ばず」の言葉にみる、超然とした態度。右拳の鈍色に輝く光は、戦乱の世の最中に潔く散る魂を示しているようだ。

関連サイト:
田邊哲人 作品集