| 得物と種目 |
| 選手はエントリーする種目により、次のようなカテゴリーに分かれる。 |
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| 基本動作.....基本動作のページを参考にして下さい。 |
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| 短刀 の部全長45cm以下 |
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刺突部位は主として面、胴。致命傷になる部分の護身道である。
面部(顔面のこと)斬る、という術も有効である。
かばい手や足を突いた位では決定打とはいえない。
やはり、腹部を中心に胸部や喉部などが重要な部位である。
45cm以下には投技、蹴技、捻り技などフルコンタクトであるが、それらは真正技であるためダウン以外は有効打とみなされない。
競技上の留意点は、蹴技を禁止している過保護武道は蹴技に若干の恐怖心を抱く者もいるが、この部門に依って、それらを克服することに主眼があるので、恐がらずに行うことがよい。
又刃物に対し蹴りや投げは過信をしてはいけない。刃物は一突きで生命を奪う威力があるからだ。
審判上の留意点は試合者は近接し、又、スピードが速いため誤審が生じ易い。
又〔当止め〕と〔見切り〕との技術の相違も看破しなければならない。微妙な力加減を見抜く練成が必要であろう。
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| 小太刀 の部 全長60cm以下 |
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スポーツチャンバラは「小太刀に始まって小太刀に終わる」といわれるぐらい人気のある種目で、又、この小太刀が入門の基本となっている。
手近にある、雑誌をまるめて武器にするとか、木片や警棒警戒棒など実用性や軽さが護身道として適しているため特に女性に人気がある。新聞紙を丸めて打ち合う位の気易さがスポーツチャンバラの入り易さである。
扇打、押打、回打、掏打など基本的な打法とデフェンスの囲い技がマスターできれば楽しい競技ができる。
短い、小太刀とはいえ卓越すれば、そのスピードは素晴らしい、長い物を圧倒する。
まさに「スピードの祭典」に相応しい武術である。
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| 両手長剣 の部全長100cm以下 |
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全長100cm以下の長剣を用い、原則的に両方の手で把時する。いわば日本流で、剣道を想像していただきたい。
世界の分布は圧倒的に片手使術が多いが、この打刀の使術は日本人にはなじみがが深く、捨て難い魅力がある。まさに子供の頃のチャンバラゴッコやテレビの時代劇がそこにあるからだ。
しかし日本剣道流はデフェンスが甘く、一足一刀で飛び込めば大方が相手の剣も当たっている。すなわち、相打ちがことの他多いのだ。この辺りが今後一考を要するところであろう。
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| 長剣フリー の部 |
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同じ長剣でも、こちらはフリーハンド。ヨーロッパのレピアやサーベル流の使い方。
本来は両手、片手操法のどちらでも良く、フリースタイルであったが、競技会を重ねるごとに、多くが片手操法になった。すなわち、両手操法の敗北である。片手はレピア(突く)より払い薙ぐというサーベル的な操作が有利ということである。特に足払いは強力な使術であり、この足打ちで多くの勝利が収められている。
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| 二刀 の部 |
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小太刀と長剣の2本を使うもの。
日本では二刀といえば宮本武蔵の名前が出るほど、特異な構えのようだが、世界では二刀は極めて当たり前の構えで、ヨーロッパのある國では正規軍が全員二刀というポピュラーな構えである。
左前でも右前でもよく、小太刀はデフェンスに使われる方が多いようだが、打突も有効である。
* 小太刀と長剣の二刀(現時点の公式戦はこの二刀である)
* 小太刀と小太刀の二刀(幼年などはこの二刀が扱い易い)
* 長剣と長剣の二刀(元来はこの二刀である)
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| 楯小太刀 の部 |
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左手(又は右)にスポンジ製の楯を持ち右手(左手)に小太刀で戦うもの。
楯を持って戦う法は日本では皆無に近い。それは桃山期以降に刀は両手で使うものとインプットしてしまった故であろうか。
しかしヨーロッパでも又、アフリカ地方でも楯を使う剣術はかなり発達していて、デフェンス、オフェンスの両手操作バランスとタイミングが同時に使えて合理的な戦術である。
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| 棒・杖 の部 全長200cm以下 |
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上下どちらからでも打てるように工夫されている。
棒は使い慣れると極めて妙味のある技が多彩に発揮できる。
長剣や二刀と戦うと、かなり強い。しかし槍などには不利のようだ。
棒先や棒尻を交互に使う左右打ちや、一回転して反動を利用して打つ回転、横面打ちや足打ちなど、相手の意表をついて功を奏することもある。
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| 槍・ナギナタ の部 全長200cm以下 |
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槍をスポーツとして研究精進することは、極めて意義のあることである。
飛び道具を除き、人類が手に持てる獲物でこれ程戦果を上げたものはない。
極めて単純で直線的な強さは、古くより戦闘の中心となって活躍した。
現在の日本でも旧家の長押(なげし)に掛槍があり、往年の「サムライ」の栄華を残す、それ程一般的に親しまれてきた槍であった。
物を持った剣術が徒手空拳の「三倍段」であるというならば、槍はその「剣術の三倍段」の利はあるといえる。それ程優れた槍術はいま、一部古武道などの型に残るのみで、ほとんど顧みられることもなくなっている。
それは、身軽なスポーツとして活用がなされなかった我々の責にもあろう。
スポーツの祭典であるオリンピックでも槍は、「槍投げ」として残っているが、やはり日本では両手に把持し、その使術を競う方が忠実的になじみやすいといえる。
直線的で無駄無理のない強い使術を認識する事も、スポーツチャンバラを修行するものとして、当然のことである。
ナギナタはもとより、なぎなた、ながまさ、大身槍などはその使術に大差はない。
突くか、薙ぐかのどちらかを主としているかで名称を分けているだけである。
実戦となってしまえば、突く薙ぐ、払う掏う、叩く、打つ、その時々によって、ありとあらゆる使術が、自在に飛びかう、のであり、ヨーロッパのパルチザンなどおおむねその全てをかね備えている。
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| 異種 の部 |
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古来から、[ 刀が強いか、槍が強いか ][ 二刀が勝つか槍が勝つか ]宮本武蔵と物干竿の小次郎ではなど、その興味は尽きることはない。しかしそれらはその使うものの技量の優劣の差こそあれ、武器の長短だけではない。長短の利を強いていえば、合間の差となり、その合間の差の攻防の差となるので、長いものが有利とは言える。しかし手元に飛び込まれたり、得物を押さえられたりした場合はその長さが返って邪魔になることもある。短刀と小太刀、短刀と長剣などしばしば短い物が勝つことを見る。槍と小太刀、二刀と槍なども同様である。長いものでも槍の刺突は直線的で無理無駄がない。特に投込み突きは理に適った術だと考えている。その威力もコントロールが良いという前提においてである。競技の中での異種は極めてバリエーションがあり楽しいものである。
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スポーツチャンバラは、これらのカテゴリー(種目)に分かれて競技されている。
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| 大会では各カテゴリーのチャンピオンが代表して統一チャンピオンを決定するのだが近年は公平のため長剣フリーに限定して決定をしている。 |
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| 【 その他 】 |
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| 合戦 |
いくさは古来の戦闘法ではもっともナチュラルなことであった。昨今この競技方法がないことの方がむしろ不自然なことである。20対20や50対50など多数で戦うのである。 稽古の方法としては、紅、白におおむね同人数に正対して「はじめ」の合図で開始する。 勝敗は多人数同時試合のため審判は若干困難もある。すべてフェアな自己申告制を採用し、効果的な打突(ダメージ)を受けたと自覚したものはその場にて倒れる、又は引き下がるというもので、当然相打ち、後打ち、味方打、二人掛、三人掛等々が入り乱れた乱戦となる。
競技方法は得物を限定する「限定戦」(小太刀のみなど)場合と、「得物自由戦」とがある。但し、自由戦の長得物(2m以上)は両陣営の人数が同じ方が良い。この合戦は自覚することが一番大事なことである。負けた(打たれた、突かれた)ことを素直に自らが認めることから、試合が成立する。自覚が足りない者、又卑怯未練な振る舞いがあれば、それはゲームにはならないのである。このスポーツチャンバラによる人格の形成ということが要求されるなら、すなわち、大きな部分はここにあるといっても過言ではない。自己を内観しその心に勝敗を拘泥せず、爽やかに相手を讃える、この爽やか人間の育成がこの競技の目指すところである。
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| 乱戦 |
多人数掛とは1人と2人〜3人が戦うとか、2人に3人〜5人、とか異数が同時に掛かることを言い、合戦は同数が同時に戦うことを言う。1対1の対戦だけでは、如何にしても得られない、左右前後の四方八方の気配りや、互いの連携、連帯感、庇護心団結、また集団の中での自分の立場、役目、責任感、仲間意識などの多くの人間関係を学ぶことができる。
これは護身道の譲るという根幹。友達も妻子も兄弟も護るという実戦情操教育として大変に重要なことである。
乱戦や合戦は個人的という個人戦では現れなかった潜在していた能力が、仲間や集団の中で発揮されることもあり、新たな人間関係能力も開発することができる。集団のなかでの個人の役割がいかなるものかは大変に重要なことである。また、その集団のなかでの勝ち残り方、集団の中での立ち廻り方、集団の動き、心理など実戦を通じて体得できる極めて意義のある訓練である。
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